慶州芬皇寺模塼石塔(ハングル: 경주 분황사 모전석탑)、大韓民国指定国宝第30号(1962年12月20日指定)。寺院を象徴するこの模塼石塔は、新羅で最古の石塔遺跡である1539。石塔は中国の塼(せん、チュアン〈煉瓦〉40)による塼塔41を模して、煉瓦のように整えた灰黒色の安山岩により構築されている42。3層となる石塔は、上方の層ほど狭くなり、各層の屋根部分は階段状に配石される43。現在の仏塔は3層として残存するが、本来は5層ないし7層あるいは史料により9層であったともいわれる15。第1層屋身の四面にある龕室(がんしつ)の扉口には、それぞれ2体の仁王(金剛力士)像が配置される2644。また、石塔の基壇の四隅を獅子像が守護する43。
慶州芬皇寺金銅薬師如来立像(ハングル: 경주 분황사 금동약사여래입상)、大韓民国指定宝物(2022年2月22日指定)52。慶尚北道文化財資料第319号(芬皇寺薬師如来立像〈ハングル: 분황사약사여래입상〉、1996年5月14日指定)53。薬師殿である「普光殿」54に安置される薬師如来像(ハングル: 약사여래상)は、高さ約3.5メートル (3.45m53、3.54m52) の最大規模の金銅仏(こんどうぶつ)立像である52。左手に持つ薬壺の蓋の内側に残る銘文から英祖50年(1774年)とされるものの53、1998年の普光殿の解体修築の際に発見された史料により、先の光海君元年(1609年)に5360斤の銅による当初の造成が確認された。もともと芬皇寺に祀られていた薬師仏は壬辰倭乱により消失している52。
幢竿支柱
慶州芬皇寺幢竿支柱(ハングル: 경주 분황사 당간지주)、大韓民国指定宝物(2021年11月23日指定)55。慶尚北道有形文化財第192号(慶州九黄洞幢竿支柱〈ハングル: 경주구황동당간지주、1985年10月15日指定)。幢竿(どうかん)とは仏教行事の際に寺院の門前に掲げる幢(どう、はたほこ〈旗鉾〉)を立てる竿であり、幢竿支柱は、幢竿を両側から支える一対の石柱である56。高さ3.55メートル57。この左右の石柱の間に据えられた竿台石は、カメの形をかたどり、支柱の造成様式により統一新羅時代56の早期に構築されたものと考えられる55。
孫知慧「韓国近代における元暁の「和諍」論」『文化交渉: Journal of the Graduate School of East Asian Cultures: 東アジア文化研究科院生論集』第1巻、関西大学大学院東アジア文化研究科、2013年1月31日、233-253頁、hdl:10112/9863、ISSN21874395、2023年3月31日閲覧。
慶州芬皇寺模塼石塔(ハングル: 경주 분황사 모전석탑)、大韓民国指定国宝第30号(1962年12月20日指定)。寺院を象徴するこの模塼石塔は、新羅で最古の石塔遺跡である1539。石塔は中国の塼(せん、チュアン〈煉瓦〉40)による塼塔41を模して、煉瓦のように整えた灰黒色の安山岩により構築されている42。3層となる石塔は、上方の層ほど狭くなり、各層の屋根部分は階段状に配石される43。現在の仏塔は3層として残存するが、本来は5層ないし7層あるいは史料により9層であったともいわれる15。第1層屋身の四面にある龕室(がんしつ)の扉口には、それぞれ2体の仁王(金剛力士)像が配置される2644。また、石塔の基壇の四隅を獅子像が守護する43。
慶州芬皇寺金銅薬師如来立像(ハングル: 경주 분황사 금동약사여래입상)、大韓民国指定宝物(2022年2月22日指定)52。慶尚北道文化財資料第319号(芬皇寺薬師如来立像〈ハングル: 분황사약사여래입상〉、1996年5月14日指定)53。薬師殿である「普光殿」54に安置される薬師如来像(ハングル: 약사여래상)は、高さ約3.5メートル (3.45m53、3.54m52) の最大規模の金銅仏(こんどうぶつ)立像である52。左手に持つ薬壺の蓋の内側に残る銘文から英祖50年(1774年)とされるものの53、1998年の普光殿の解体修築の際に発見された史料により、先の光海君元年(1609年)に5360斤の銅による当初の造成が確認された。もともと芬皇寺に祀られていた薬師仏は壬辰倭乱により消失している52。
幢竿支柱
慶州芬皇寺幢竿支柱(ハングル: 경주 분황사 당간지주)、大韓民国指定宝物(2021年11月23日指定)55。慶尚北道有形文化財第192号(慶州九黄洞幢竿支柱〈ハングル: 경주구황동당간지주、1985年10月15日指定)。幢竿(どうかん)とは仏教行事の際に寺院の門前に掲げる幢(どう、はたほこ〈旗鉾〉)を立てる竿であり、幢竿支柱は、幢竿を両側から支える一対の石柱である56。高さ3.55メートル57。この左右の石柱の間に据えられた竿台石は、カメの形をかたどり、支柱の造成様式により統一新羅時代56の早期に構築されたものと考えられる55。
孫知慧「韓国近代における元暁の「和諍」論」『文化交渉: Journal of the Graduate School of East Asian Cultures: 東アジア文化研究科院生論集』第1巻、関西大学大学院東アジア文化研究科、2013年1月31日、233-253頁、hdl:10112/9863、ISSN21874395、2023年3月31日閲覧。