劉瑁
劉 瑁は、中国後漢末期の人物。益州牧劉焉の三男。本貫は荊州江夏郡竟陵県。
生誕 年不詳最終更新 2026/10/16 14:50
劉 瑁(りゅう ぼう)は、中国後漢末期の人物。益州牧劉焉の三男。本貫は荊州江夏郡竟陵県1。
生涯
劉焉の存命時代、兄の劉範・劉誕、弟の劉璋は長安の朝廷に出仕していたが、劉瑁は別部司馬として常に劉焉の側にあった1。
劉焉の死後、益州牧の地位は劉璋が継ぐ1。劉璋が曹操に表敬の使者を送り、振威将軍の官位を得た時、合わせて劉瑁は平寇将軍に任じられた。その後に狂疾2のため没した3。
妻の呉氏はかつて、人相見によって高貴な身分に上ると言われ、これを聞いた劉焉の申し出で劉瑁に嫁いだ。彼女は劉瑁に先立たれ未亡人となったが、後に劉備と再婚し、蜀漢の皇后となった(穆皇后呉氏)4。
脚注
Footnotes
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精神の病気。狂疾(きょうしつ)とは? 意味や使い方 - コトバンク 2024-05-12閲覧。 ↩
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『三国志』蜀書 劉璋伝 s:zh:三國志/卷31#劉璋 ↩
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『三国志』蜀書 穆皇后伝 s:zh:三國志/卷34#先主穆皇后 ↩
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