制度・概念社会・経済
建永
建永 (けんえい、旧字体:建󠄁永)は、日本の元号の一つ。元久の後、承元の前。1206年から1207年までの期間を指す。この時代の天皇は土御門天皇。後鳥羽上皇の院政。鎌倉幕府征夷大将軍は源実朝、執権は北条義時。
施行~廃止 1206年4月 ~ 1207年10月最終更新 2026/10/16 14:45
基本情報
- 施行 ~ 廃止
- 1206年4月 ~ 1207年10月
建永 (けんえい、旧字体:建󠄁永)は、日本の元号の一つ。元久の後、承元の前。1206年から1207年までの期間を指す。この時代の天皇は土御門天皇。後鳥羽上皇の院政。鎌倉幕府征夷大将軍は源実朝、執権は北条義時。
改元
- 元久3年4月27日(ユリウス暦1206年6月5日):改元。赤斑瘡を原因とする説(『百錬抄』)と摂政九条良経の急死を原因とする説(『一代要記』)がある。
- 建永2年10月25日(ユリウス暦1207年11月16日):承元に改元。
出典
『文選』卷四十二・曹子建與楊德祖書の「吾雖德薄、位為蕃侯、猶庶幾戮力上國、流惠下民。建永世之業、留金石之功、豈徒以翰墨為勳績、辭賦為君子哉!」から。
建永期におきた出来事
2年
西暦との対照表
※は小の月を示す。
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最終更新 2026/10/16 14:45 · r215747 · 記事の内容は CC BY-SA 4.0 のもとで利用できます。