泰昌
泰昌(たいしょう)は中国、明の元号(1620年)。第15代皇帝光宗の在位期の年号であり、このため光宗は泰昌帝と呼ばれる。
施行~廃止 1620年 ~ 1620年最終更新 2026/10/16 14:48
基本情報
- 施行 ~ 廃止
- 1620年 ~ 1620年
泰昌(たいしょう)は中国、明の元号(1620年)。第15代皇帝光宗の在位期の年号であり、このため光宗は泰昌帝と呼ばれる。
概要
中国では皇帝の代替わりによる改元は、本来は踰年改元といって、翌年の元日に改められる。すなわち、皇帝が崩御した翌年の元日から新年号が用いられる。
万暦48年7月20日(1620年8月18日)に神宗が崩御し、8月1日(1620年8月28日)に光宗が即位した。前記の原則に従えば、1620年いっぱいは万暦48年とされ、翌年から新しい年号となる。実際に、光宗も即位時に翌年(1621年)を泰昌元年とすると発表した。
しかし、光宗が9月1日(1620年9月26日)に急死し9月6日(1620年10月1日)に熹宗が即位したため、再び原則に従えば1621年の年号を新しくしなくてはならず、光宗の治世を示す年号が立たないままで終わってしまう。そのため、群臣は万暦48年8月1日(1620年8月28日)を元号を泰昌に改める。
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