殷墟
殷墟(いんきょ)は、古代中国殷王朝後期の首都の遺構。中華人民共和国河南省安陽市の市街地西北郊、殷都区に位置する。
造営 年不詳最終更新 2026/10/16 14:50
基本情報
- 造営
- 年不詳
- 英名
- Yin xu
- 仏名
- Yin xu
- 登録区分
- 文化遺産
- 登録基準
- (2),(3),(4),(6)
- 登録年
- 2006年
- 公式サイト
- 世界遺産センター(英語)
- 位置
- 36.1225, 114.3186
殷墟(いんきょ)は、古代中国殷王朝後期の首都の遺構1。中華人民共和国河南省安陽市の市街地西北郊、殷都区に位置する。
概要
殷王朝後期(BC14世紀ごろ - BC11世紀ごろ)、竹書紀年によれば第19代王盤庚による遷都から帝辛の時代の滅亡に至るまでの期間、殷の首都が営まれたと伝えられる。
盗掘された甲骨片の発見が契機となり、1928年より発掘作業が開始され、ここがその首都の遺跡(殷墟)であることが確認された。
殷墟からは深さ20メートルを超えるものを含む多数の巨大墳墓が発見されている。1961年に中華人民共和国の全国重点文物保護単位に、2006年7月には世界遺産に登録された。中国の5A級観光地(2011年認定)2。
発掘に至るまで
真偽は不明であるが、金石学者であった王懿栄は1899年に、北京市内の漢方薬店で購入した龍骨(漢方薬の一種である骨)に金文(古代の金属器や石刻に刻まれた漢字)に類似した古文字を発見、これを解読すべく龍骨を大量に購入したと伝えられる。
1900年、義和団の乱に伴う八カ国連合軍の北京侵入の際に王懿栄は自殺、収集した龍甲は小説家である劉鶚に譲渡され、その友人である金石学者羅振玉により龍甲は河南省北部の小屯村より出土したものであることが判明した。羅振玉は甲骨文字の解読を進め、この村は伝説上の存在と考えられていた殷王朝の遺構ではないかと推察した。その後の研究により、ここがが遷都した後の殷都である説が唱えられた。
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