康安
康安は、日本の南北朝時代の元号の一つ。北朝方にて使用された。延文の後、貞治の前。1361年から1362年までの期間を指す。この時代の天皇は、北朝方が後光厳天皇。南朝方が後村上天皇。室町幕府将軍は足利義詮。
施行~廃止 1361年3月 ~ 1362年9月最終更新 2026/10/16 14:48
基本情報
- 施行 ~ 廃止
- 1361年3月 ~ 1362年9月
康安(こうあん)は、日本の南北朝時代の元号の一つ。北朝方にて使用された。延文の後、貞治の前。1361年から1362年までの期間を指す。この時代の天皇は、北朝方が後光厳天皇。南朝方が後村上天皇。室町幕府将軍は足利義詮。
改元
『太平記』(巻36)によれば、改元の日の夜、京都で大火があり改元に批判の声が高まったが、室町幕府の強硬な主張で改元がそのまま実施されたという。
出典
『史記正義』の「天下衆事咸得康安、以致天下太平」と『唐紀』の「作治康凱安之舞」から。
康安期におきた出来事
元年
- 6月、斯波氏経が九州探題となる。
- 6月24日、康安地震。『太平記』などに記述された大地震。南海トラフの巨大地震と推定される。
- 8月、菊池武光が筑前国で少弐冬資らを撃破し、大宰府で南朝の懐良親王を迎える。
- 10月、室町幕府執事(管領)であった細川清氏が失脚して南朝に降伏する。
- 11月、畠山国清が鎌倉公方の足利基氏と対立し、伊豆国へ逃れる。
- 12月、細川清氏や楠木正儀らが京都へ侵攻し、一時的に占領する。
2年
西暦との対照表
※は小の月を示す。
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