現在のイラク南部、ジーカール県のテル・エル=ムッケイヤル(Tell el-Muqayyar、アラビア語: تل المقير)が古代のウルである1。ウルはシュメールの重要な都市国家であった。ウルはかつてユーフラテス川がペルシア湾に注ぐ河口そばに位置する都市であったが、現在では海岸線が移動し内陸となっている。ウルはユーフラテス川南岸にあり、現代のイラクの都市ナーシリーヤから16キロメートルの位置にある2。
考古学者たちによってウバイド期(前6500年頃-前3800年頃)のウルにおける初期の居住の痕跡が発見されている。この初期の層は土壌堆積物(sterile deposit of soil)に覆われていた。1920年代にはこの堆積物は発掘者たちによって『旧約聖書』「創世記」および『ギルガメシュ叙事詩』に描かれた大洪水の証拠であると解釈されていた。現在では南メソポタミア平野がユーフラテス川とティグリス川の恒常的な洪水に晒されて水と風による激しい浸食を受け、このことによってメソポタミア神話の洪水神話が形成され、聖書の大洪水の物語が派生したと理解されている12。
青銅器時代のウルの重要性を把握することができる様々な重要な史料が存在する。ウルの王墓の豪華な遺構が示しているように、ウル第1王朝は大きな富と力を持っていたと思われる。『シュメール王朝表』の中には不正確ながらも古代シュメールの政治史、また特にウルの複数の支配者について記載されている。メスアンネパダは『シュメール王朝表』で言及されている最初のウル王であり、マリで発見されたビーズや、テル・ウバイド出土の碑文にも登場することから、恐らく前26世紀頃に実在した可能性が高いと考えられている16。ウルはthe City Sealsと呼ばれる種類の『円筒印章』からわかるように、既に重要な中心的都市であったと思われる。この種の印章は古代メソポタミアの都市国家の名前を書いたもの、あるいはそのシンボルと見られる楔形文字の原型で書かれた一連の記号がある。これらの印章の多くはウルで発見されており、ウルの名前が目立つように書かれている 17。
聖書のウルはトーラーおよび『旧約聖書』において「カスディム(Kasdim/Kasdin)の」と付されて4回言及されており、英語では伝統的に「カルデアのウル(Ur of the Chaldees)」と訳されている。カルデア人は前850年頃までにウルの郊外に定着していた。しかし、伝統的にアブラハムが生きていたとされる前2千年紀の間にはメソポタミアのどこにもいなかった。新バビロニア(カルデア)は前7世紀後半までバビロニアを(従ってウルも)支配していなかったうえ、その権力を維持していたのは前6世紀半ばまでであった。ウルの名は創世記 11:28、創世記 11:31、創世記 15:7に現れている。ネヘミヤ記 9:7のウルに言及する一節は「創世記」を言い換えたものである。
大英博物館とペンシルベニア大学の資金によって、1922年から1934年まで、考古学者チャールズ・レオナルド・ウーリー卿の指揮で発掘が行われた494650。総計約1850の墓地が発見された。その内の16基は「王墓と呼ばれ、ウルのスタンダードなど多くの貴重な副葬品が収められていた。この王墓の多くは前2600年頃に年代付けられる。発見された王墓の中には王妃プアビ51のものと考えられる未盗掘の墓もあった。彼女の名前はこの墓から見つかった円筒印章から知られているが、他に2点の無記名の印章も同じ墓から見つかっている。彼女以外にも多くの人々が人身御供として一緒に埋葬された。ウルのジッグラトのそばでは、エ・ヌンマハ(E-nun-mah)神殿とE-dub-lal-mah(王のための建物)、エ・ギパル(E-gi-par、高位の聖職者の住処)、エ・フルサグ(E-hur-sag、神殿の建物の1つ)が発掘された。この神殿の境内の外側には、日常生活が送られていた家屋が多数見つかった。王墓群の下の層の発掘も行われ、3.5メートルもの厚さを持つ堆積土の層(layer of alluvial clay)が最初期の居住地の層を覆っているのが確認された。最初期の層からはウバイド期の土器が見つかっており、これはメソポタミア南部における定住の最初の段階のものである。ウーリーはこれらの発見について後に多くの論文と本を書いている52。ウーリーのウルにおける発掘調査の助手の1人がマックス・マローワンである。ウル遺跡での発見はその王墓群の発見と共に世界中の主要メディアのヘッドラインを飾った。この結果、ウルの遺構は多くの訪問者を惹きつけた。こうした訪問者の中には有名なアガサ・クリスティーがおり、彼女はこの時に知り合ったマックス・マローワンと結婚した。
ウル王墓が初めて発見された時、発見者たちはそれがどれほど大きいものであるか知らなかった。彼らは砂漠の真ん中で2つの発掘坑を掘ることから始め、発掘を継続することで何かを発見できるかどうか見定めた。発掘隊は当初、チームA、チームBという2つのチームにわかれていた。両チームは最初の数か月で発掘坑を掘り、金製の飾りや土器の小さな破片などを収集し、埋葬地の痕跡を発見した。これは当時「ゴールド・トレンチ(gold trench)」と呼ばれていた54。最初の発掘シーズンが終わるとウーリーはイギリスに戻り、秋に第2発掘シーズンを始め発掘を継続した。このシーズンの終わりまでに、彼は多くの部屋に取り巻かれた中庭を発見した55。第3発掘シーズンにおいて彼らはそれまでで最大の発見をした。発見したのは王の命令で建てられたと考えられた建物と、高位の神官の住居であったと考えられた建物であった。第4シーズンと第5シーズンの終わりが近づく頃には、数多くの出土品が見つかっており、発掘隊は実際の発掘による物品の発見よりも、発見したものの記録の方にほとんどの時間を費やすようになっていた。金製の飾りから土器や石まで数多くの遺物が発見された。墓の中からはいくつかリュラもあった。最も重要な発掘品の1つはウルのスタンダードである。6シーズン目の終わりには、1850の墓が発見され、そのうちの17が「王家の墓」と考えられた56。ウーリーは1934年に王家の墓の発掘を終えた。彼は一連の埋葬跡を発見した。彼はこれらの埋葬跡を「王家の墓(Royal tombs)」および、「死の穴(Death Pit)」と呼んだ。多くの従者(servants)が殺害され王族と共に埋葬されたが、ウーリーはこれらの従者が喜んで死んで行ったと考えていた。ウーリーとその妻で協力者のキャサリン(Katherine)はこれらの従者たちは毒入りの飲み物を与えられており、その死は支配者たちへの貢物としての集団自殺であるという説を立てた。しかし、現存する頭骨のいくつかの断面スキャン(tomography scans)を行いコンピュータ処理をすると、その中に銅斧の先端のスパイクで頭を殴られて殺害された形跡があることがわかった。これによって、毒による集団自殺というウーリー夫妻の説は正しくないことが証明されている57。王女プアビの墓の内部、部屋の中央に箱(chest)があった。その箱の下にはいわゆる「王の墓(King's grave)」PG-789へ通じる穴があった。これは王妃の墓に隣接していたので王の墓であると考えられた。この「王の墓」では銅の兜と剣を装備した63人の従者(attendants)がいた。これは王と共に埋葬された軍隊であると考えられている。「Great death pit」と呼ばれる別の大きな部屋(PG-1237)も発見された58。この部屋には74体の遺体があり、うち68体が女性であった。この墓内には2つの副葬品しかなく、その両方がリュラであった。
ウルで発見された宝物のほとんどは大英博物館とペンシルベニア大学考古学人類学博物館にある。この博物館では2011年の春の終わりに「Iraq's Ancient Past(イラクの古代)」という企画展が開かれ59、「王家の墓(Royal tombs)」の発掘品の中でも最も有名な作品なども展示された。それ以前にもペンシルベニア大学考古学人類学博物館は「Treasures From the Royal Tombs of Ur.」と題する企画展において、ウルから発見された最高の作品を数多く巡回に出した。この企画展はクリーブランド、ワシントン、ダラスなど、8つのアメリカの博物館を巡り、2011年5月にデトロイト美術館で巡回を終えた。
2013年以降、イタリア外務省の開発協力機関(the institution for Development Cooperation)DGCSとイラク観光考古省(Iraqi Ministry of Tourism and Antiquities)のSBAH(the State Board of Antiquities and Heritage of the Iraqi Ministry of Tourism and Antiquities)は「ウル考古遺跡の保全と維持(The Conservation and Maintenance of Archaeological site of UR)」のための共同プロジェクトを開始した。この共同合意の枠組みにおいて、ダブラマフ神殿(Dublamah Temple、計画完了、作業開始)、王家の墓(ウル第3王朝の霊廟、進行中)、およびジッグラト(進行中)のメンテナンスのために詳細な図面を含む実行計画が進行中である。2013年からの最初の調査では、2014年3月にUAV(無人航空機)で得られた新しい航空地図が作成された。これは100以上の航空写真から作成された初の高解像度地図であり、精度は20センチメートル以下である。ウル考古遺跡のORTHO-PHOTOMAPのプレビューがオンラインで入手できる64。
タル・アブー・ティビーラ(Tal Abu Tbeirah)
2012年以降、イタリアとイラクの考古学者による合同チームがフランコ・ダゴスティーノ(Franco D'Agostino)の指揮でウルの15キロメートル東、ナーシリーヤの7キロメートル南にあるタル・アブー・ティビーラ(Tal Abu Tbeirah)を発掘している65666768。
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(『最初の都市の芸術:紀元前三千年紀の地中海からインダスまで』(編:ジョアン・アルツ、ロナルド・ウォレンフェルス、2003年、メトロポリタン美術館(米国)))
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(『ウル:月の神の都市』(著:ハリアット・クロウフォード、2015年、ブルームズベリー(米国)))
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(『東洋研究新シリーズレビュー』(ローマ・ラ・サピエンツァ大学)第84号(2011年)第1分冊p.17~34に収録されている『アブー・ティビーラ 第1期発掘作業(2012年1月~3月)の予備報告』(著:フランコ・ダゴスティーノ))
D'Agostino, Franco (2011b). “Abu Theirah, Nasiriyah (Southern Iraq): Preliminary report on the 2013 excavation campaign”. ISIMU (Universidad Autónoma de Madrid) 13: 209-221.
(『ISIMU』(マドリード自治大学の古代中東・エジプト専門誌)第13号p.209~221に収録されている『ナーシリーヤのアブー・ティビーラ(イラク南部)、2013年発掘作業の予備報告』(著:フランコ・ダゴスティーノ))
D'Agostino, Franco (2013). “Preliminary report of the second campaign (October-December 2012)”. Rivista degli studi orientali Nuova Serie (Sapienza Universita di Roma) 86 (1): 69-91.
(『東洋研究新シリーズレビュー』(ローマ・ラ・サピエンツァ大学)第86号(2013年)第1分冊p.69~91に収録されている『アブー・ティビーラ 第2期発掘作業(2012年10月~12月)の予備報告』(著:フランコ・ダゴスティーノ))
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(『エジプト考古学』第9号第3分冊(1923年)p.177-195に収録されている『ウルとエリドゥ:大英博物館による1919年の発掘』(著:H・R・ホール))
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(『王立文化人類学協会誌』第25号(1925年)p.1-7に収録されている『ウル、エル・オベイド、エリドゥにおける1919年の発掘と初期バビロニアの歴史』(著:H・R・ホール))
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(『ウル発掘作業 第9巻 古バビロニア時代』(著:レオナード・ウーリー、マックス・エドガー・ルシアン・マロワン、編:T・C・ミッチェル、1927年、オックスフォード大学出版))
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現在のイラク南部、ジーカール県のテル・エル=ムッケイヤル(Tell el-Muqayyar、アラビア語: تل المقير)が古代のウルである1。ウルはシュメールの重要な都市国家であった。ウルはかつてユーフラテス川がペルシア湾に注ぐ河口そばに位置する都市であったが、現在では海岸線が移動し内陸となっている。ウルはユーフラテス川南岸にあり、現代のイラクの都市ナーシリーヤから16キロメートルの位置にある2。
考古学者たちによってウバイド期(前6500年頃-前3800年頃)のウルにおける初期の居住の痕跡が発見されている。この初期の層は土壌堆積物(sterile deposit of soil)に覆われていた。1920年代にはこの堆積物は発掘者たちによって『旧約聖書』「創世記」および『ギルガメシュ叙事詩』に描かれた大洪水の証拠であると解釈されていた。現在では南メソポタミア平野がユーフラテス川とティグリス川の恒常的な洪水に晒されて水と風による激しい浸食を受け、このことによってメソポタミア神話の洪水神話が形成され、聖書の大洪水の物語が派生したと理解されている12。
青銅器時代のウルの重要性を把握することができる様々な重要な史料が存在する。ウルの王墓の豪華な遺構が示しているように、ウル第1王朝は大きな富と力を持っていたと思われる。『シュメール王朝表』の中には不正確ながらも古代シュメールの政治史、また特にウルの複数の支配者について記載されている。メスアンネパダは『シュメール王朝表』で言及されている最初のウル王であり、マリで発見されたビーズや、テル・ウバイド出土の碑文にも登場することから、恐らく前26世紀頃に実在した可能性が高いと考えられている16。ウルはthe City Sealsと呼ばれる種類の『円筒印章』からわかるように、既に重要な中心的都市であったと思われる。この種の印章は古代メソポタミアの都市国家の名前を書いたもの、あるいはそのシンボルと見られる楔形文字の原型で書かれた一連の記号がある。これらの印章の多くはウルで発見されており、ウルの名前が目立つように書かれている 17。
聖書のウルはトーラーおよび『旧約聖書』において「カスディム(Kasdim/Kasdin)の」と付されて4回言及されており、英語では伝統的に「カルデアのウル(Ur of the Chaldees)」と訳されている。カルデア人は前850年頃までにウルの郊外に定着していた。しかし、伝統的にアブラハムが生きていたとされる前2千年紀の間にはメソポタミアのどこにもいなかった。新バビロニア(カルデア)は前7世紀後半までバビロニアを(従ってウルも)支配していなかったうえ、その権力を維持していたのは前6世紀半ばまでであった。ウルの名は創世記 11:28、創世記 11:31、創世記 15:7に現れている。ネヘミヤ記 9:7のウルに言及する一節は「創世記」を言い換えたものである。
大英博物館とペンシルベニア大学の資金によって、1922年から1934年まで、考古学者チャールズ・レオナルド・ウーリー卿の指揮で発掘が行われた494650。総計約1850の墓地が発見された。その内の16基は「王墓と呼ばれ、ウルのスタンダードなど多くの貴重な副葬品が収められていた。この王墓の多くは前2600年頃に年代付けられる。発見された王墓の中には王妃プアビ51のものと考えられる未盗掘の墓もあった。彼女の名前はこの墓から見つかった円筒印章から知られているが、他に2点の無記名の印章も同じ墓から見つかっている。彼女以外にも多くの人々が人身御供として一緒に埋葬された。ウルのジッグラトのそばでは、エ・ヌンマハ(E-nun-mah)神殿とE-dub-lal-mah(王のための建物)、エ・ギパル(E-gi-par、高位の聖職者の住処)、エ・フルサグ(E-hur-sag、神殿の建物の1つ)が発掘された。この神殿の境内の外側には、日常生活が送られていた家屋が多数見つかった。王墓群の下の層の発掘も行われ、3.5メートルもの厚さを持つ堆積土の層(layer of alluvial clay)が最初期の居住地の層を覆っているのが確認された。最初期の層からはウバイド期の土器が見つかっており、これはメソポタミア南部における定住の最初の段階のものである。ウーリーはこれらの発見について後に多くの論文と本を書いている52。ウーリーのウルにおける発掘調査の助手の1人がマックス・マローワンである。ウル遺跡での発見はその王墓群の発見と共に世界中の主要メディアのヘッドラインを飾った。この結果、ウルの遺構は多くの訪問者を惹きつけた。こうした訪問者の中には有名なアガサ・クリスティーがおり、彼女はこの時に知り合ったマックス・マローワンと結婚した。
ウル王墓が初めて発見された時、発見者たちはそれがどれほど大きいものであるか知らなかった。彼らは砂漠の真ん中で2つの発掘坑を掘ることから始め、発掘を継続することで何かを発見できるかどうか見定めた。発掘隊は当初、チームA、チームBという2つのチームにわかれていた。両チームは最初の数か月で発掘坑を掘り、金製の飾りや土器の小さな破片などを収集し、埋葬地の痕跡を発見した。これは当時「ゴールド・トレンチ(gold trench)」と呼ばれていた54。最初の発掘シーズンが終わるとウーリーはイギリスに戻り、秋に第2発掘シーズンを始め発掘を継続した。このシーズンの終わりまでに、彼は多くの部屋に取り巻かれた中庭を発見した55。第3発掘シーズンにおいて彼らはそれまでで最大の発見をした。発見したのは王の命令で建てられたと考えられた建物と、高位の神官の住居であったと考えられた建物であった。第4シーズンと第5シーズンの終わりが近づく頃には、数多くの出土品が見つかっており、発掘隊は実際の発掘による物品の発見よりも、発見したものの記録の方にほとんどの時間を費やすようになっていた。金製の飾りから土器や石まで数多くの遺物が発見された。墓の中からはいくつかリュラもあった。最も重要な発掘品の1つはウルのスタンダードである。6シーズン目の終わりには、1850の墓が発見され、そのうちの17が「王家の墓」と考えられた56。ウーリーは1934年に王家の墓の発掘を終えた。彼は一連の埋葬跡を発見した。彼はこれらの埋葬跡を「王家の墓(Royal tombs)」および、「死の穴(Death Pit)」と呼んだ。多くの従者(servants)が殺害され王族と共に埋葬されたが、ウーリーはこれらの従者が喜んで死んで行ったと考えていた。ウーリーとその妻で協力者のキャサリン(Katherine)はこれらの従者たちは毒入りの飲み物を与えられており、その死は支配者たちへの貢物としての集団自殺であるという説を立てた。しかし、現存する頭骨のいくつかの断面スキャン(tomography scans)を行いコンピュータ処理をすると、その中に銅斧の先端のスパイクで頭を殴られて殺害された形跡があることがわかった。これによって、毒による集団自殺というウーリー夫妻の説は正しくないことが証明されている57。王女プアビの墓の内部、部屋の中央に箱(chest)があった。その箱の下にはいわゆる「王の墓(King's grave)」PG-789へ通じる穴があった。これは王妃の墓に隣接していたので王の墓であると考えられた。この「王の墓」では銅の兜と剣を装備した63人の従者(attendants)がいた。これは王と共に埋葬された軍隊であると考えられている。「Great death pit」と呼ばれる別の大きな部屋(PG-1237)も発見された58。この部屋には74体の遺体があり、うち68体が女性であった。この墓内には2つの副葬品しかなく、その両方がリュラであった。
ウルで発見された宝物のほとんどは大英博物館とペンシルベニア大学考古学人類学博物館にある。この博物館では2011年の春の終わりに「Iraq's Ancient Past(イラクの古代)」という企画展が開かれ59、「王家の墓(Royal tombs)」の発掘品の中でも最も有名な作品なども展示された。それ以前にもペンシルベニア大学考古学人類学博物館は「Treasures From the Royal Tombs of Ur.」と題する企画展において、ウルから発見された最高の作品を数多く巡回に出した。この企画展はクリーブランド、ワシントン、ダラスなど、8つのアメリカの博物館を巡り、2011年5月にデトロイト美術館で巡回を終えた。
2013年以降、イタリア外務省の開発協力機関(the institution for Development Cooperation)DGCSとイラク観光考古省(Iraqi Ministry of Tourism and Antiquities)のSBAH(the State Board of Antiquities and Heritage of the Iraqi Ministry of Tourism and Antiquities)は「ウル考古遺跡の保全と維持(The Conservation and Maintenance of Archaeological site of UR)」のための共同プロジェクトを開始した。この共同合意の枠組みにおいて、ダブラマフ神殿(Dublamah Temple、計画完了、作業開始)、王家の墓(ウル第3王朝の霊廟、進行中)、およびジッグラト(進行中)のメンテナンスのために詳細な図面を含む実行計画が進行中である。2013年からの最初の調査では、2014年3月にUAV(無人航空機)で得られた新しい航空地図が作成された。これは100以上の航空写真から作成された初の高解像度地図であり、精度は20センチメートル以下である。ウル考古遺跡のORTHO-PHOTOMAPのプレビューがオンラインで入手できる64。
タル・アブー・ティビーラ(Tal Abu Tbeirah)
2012年以降、イタリアとイラクの考古学者による合同チームがフランコ・ダゴスティーノ(Franco D'Agostino)の指揮でウルの15キロメートル東、ナーシリーヤの7キロメートル南にあるタル・アブー・ティビーラ(Tal Abu Tbeirah)を発掘している65666768。
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